Gacharic Spin

赤坂BLITZでの別れと出会い

7月26日といえば個人的に思い浮かぶのが赤坂BLITZ

残念ながら2020年9月22日をもって閉館することが発表されており,コロナ禍で予定されていたライブも軒並み中止になっており,このままライブハウスとして本来の使われ方をしないまま,閉館してしまうのかな,と思うと寂しい限りです.

今の場所で再オープンして以降は何度も足を運び,思い出もたくさんある場所なので,特に記憶に残っている7月26日の出来事も含めて,振り返ってみようと思います.

ブログの内容

・赤坂BLITZ概要と閉館詳細
・個人的赤坂BLITZでの思い出

赤坂BLITZについて

赤坂BLITZ概要

1996年のオープンから今年の閉館まで24年の歴史があります.

1996年4月16日:オープン
2003年9月5日 :TBS赤坂五丁目再開発計画に伴い閉館
2008年3月20日:現在の位置に再オープン
2017年11月1日:名称が「マイナビBLITZ赤坂」に変更
2020年9月22日:閉館予定

といっても間に4年半程“赤坂”BLITZとしては空白があります.が,2003年の閉館後の2004年には移転施設として横浜BLITZがオープンしています.こちらは2008年の赤坂BLITZ再オープン後も2013年までは営業を平行して続けており,BLITZとしては24年の歴史があるわけです.

キャパはオールスタンディングで1418人とライブハウスとしては大きい部類に入るかと思います.

キャパが1000~2000人のライブハウスの数はそう多くない中で,同程度のキャパである渋谷O-EASTと共に,バンドとしてここでのワンマンを目標としていることも多々ある印象です.

そういえばO-EASTを含むO-系列のライブハウスも2013年にTSUTAYAがネーミングライツを取得していますが,以降もTSUTAYA O-EASTよりも渋谷O-EASTの名称で呼ばれることが多く,赤坂BLITZも2017年からマイナビBLITZ赤坂となっていますが,赤坂BLITZのまま呼ばれることが多い感じがします.

どちらも元の名称が残ったまま,ネーミングライツ取得した会社名が付記される形なので呼び方変わらなかったと思いますが,名前がまったく変わってしまい物議を醸した渋谷C.C.Lemonホール(渋谷公会堂)よりはよかったのかなという気もします.

余談ですが,2015年に閉館した渋谷公会堂は,建て替えられ2019年に竣工した後にネーミングライツをLINEが取得しており,LINE CUBE SHIBUYAとこれまたまったく違う名称の施設として現在運営されています.

閉館

そもそも閉館の話題が出たのがおよそ1年半程前の2019年1月.テレビ局としてご存じのTBSを中核とするグループの統括会社である東京放送ホールディングス「赤坂エンタテインメント・シティ構想」内に以下の記載がありました.

「マイナビ BLITZ 赤坂」を、観覧機能付きスタジオに刷新し、

TBS テレビに親しんでいただくリアルな場としていく計画です。

東京放送ホールディングス報道資料

近接する「国際新赤坂ビル」の再開発とそれに付随する赤坂サカスを始めとした周辺施設のリニューアルの一環として,赤坂BLITZとしての営業を終了,以降はTBSの観覧機能付きスタジオとして運用されていくとの内容になっています.

発表当時は赤坂BLITZの営業終了時期は未定となっていましたが,2020年5月に正式に2020年9月22日をもって閉館することがアナウンスされました.

元々は閉館までに幾つもライブの開催が予定されていましたが,新型コロナウイルスの終息が見えない状況もあり,軒並み延期・中止となっています.

延期となっていた公演も,現在示されているガイドラインに沿っての開催はキャパの関係もあり難しく,事実上赤坂BLITZでの代替開催は不可能という状態であり,このままライブハウスとして集客しての営業はほぼないまま閉館を迎えるのかと思うと,せつないですね…

赤坂BLITZでの別れと出会い

LAST EIGHT TOUR

個人的に赤坂BLITZでのライブで印象深いのが再オープンから1年程の2009年4月のライブ.

当時インディーズながら絶大な人気を誇っていた関西のスカポップバンドであるムラマサ☆の解散ツアーとして開催されたLAST EIGHT TOURの東京公演が赤坂BLITZで開催されました.

まだYoutubeを始めとした映像配信やTwitterなどのSNSもなかった頃に地元のCDショップがプッシュしていることで知ったこのバンド.

自分が初めてCDを買ったインディーズアーティストであり,この出会いをきっかけに数多くのインディーズのCDを手に取るようになりました.

当時流行りであったスカ系のバンド,Yum!Yum!ORANGE,midnightPumpkin,GOLLBETTYに始まり,けちゃっぷmania,THE PINK☆PANDA等々たくさんのアーティストを知るきっかけになったバンド.

そんなバンドの解散ツアーで初めて赤坂BLITZに足を踏み入れました.

ソールドアウトしたこの日のフロアはもちろんパンパン.身動きするのも大変なくらいギュウギュウの中で,演奏される音に乗っかり,思い思いに動き回り,時には肩を組んで歌ったり,飛び跳ねたり.新品のTシャツが終わった頃には毛玉だらけになっていました.

解散ライブながら寂しさはありつつも圧倒的な笑顔と楽しさが溢れ,心地よい疲労と共にその日の感覚は記憶に残っています.

解散後一部のメンバーが集ってエイリアンズというバンドを結成,今も活動しており,ムラマサ☆同様の耳馴染みよいスカポップを今も聞かせてくれています.

GIRLS COLLECTION

もうひとつ印象深いのが2015年7月26日に開催されたのはガールズバンドGacharic Spin(ガチャピン)と,瀧本美織擁するバンドLAGOONの2マンライブ,GIRLS COLLECTION.

東名阪と開催された2マンライブツアーの最終日であり,2013年から共に活動してきたパフォーマー2号ありささんのラストライブでもあったこの日のライブ.ガチャピンにとってひとつの節目でした.

この時点で何度かのメンバーチェンジを経験していたガチャピンですが,事前にメンバーの卒業を発表し,ライブの場で送り出すのは初.

2013年の再始動以降,メンバーもお客さんも手ごたえを感じながら走ってきた2年半の積み重ねがあり,万感の想いを抱えて迎えたこの日のライブ.

ライブ前から赤坂サカス周辺で有志がメッセージ入りチェキを集めたり,ライブも始まった直後からありささんのメンバーカラー緑のペンライトの光に会場が包まれたりとみんなでよい形で送り出そうという気持ちが溢れていたのが強く記憶に残っています.

ラストにサプライズで演奏された今を生きてるでのメンバー同士のやりとりや表情は今も鮮明に覚えていますからね.

細かいライブの中身は当時書いたアメブロを参照:



イベント最後にLAGOONとのコラボがありましたが,ここでガチャピンの曲でもやろうものなら涙腺崩壊だったかもしれません.けど,意外?にも双方の持ち曲ではない曲のコラボで1回落ち着いたので,終演後の物販で割と平常心でありささんと言葉を交わせたのも今となってはよき思い出.

5年の歳月が経過していますが,いまだに色褪せず記憶に残っています.

そしてこの時LAGOONでドラムを叩いていたのが現在ガチャピンでドラムを叩いているyuriさんなのだから縁とは不思議なもの.この当時は数年後にyuriさんがガチャピンに加入し,はなちゃんがギターボーカルに転向する未来なんて,当人も含めて誰も想像していなかったはずですからね.

最後に

振り返ってみると上記の出来事以外にもたくさんの思い出がある場所,赤坂BLITZ

今回の赤坂BLITZの閉館は昨今のコロナウイルスによるものとは無関係とはいえ,やっぱり思い出のあるライブハウスがなくなってしまうのは何度経験しても寂しい限りです.

何よりコロナ禍で通常営業が困難な事態がこの先も続いていくと,なくなってしまうライブハウスがもっと出てくるのかと思うと,想像するだけでも辛いものがあります.

そうならないように今の事態が早く終息することを願いつつ,コロナウイルスについて自分達でできる対策を取り,有料配信の視聴など今を乗り越える活動の支援をしていければなと思います.

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